

イントロダクション
三輪家は二百年にわたり、地域社会を支える建築・修繕の技術を代々継承してきました。創業以来、私たちは単なる建築業者としてではなく、地域の暮らしを守り、人々の安心を支える存在として歩んでまいりました。
古文書・家系図・歴代写真に刻まれた"誠実さ・丁寧さ・責任感"は、時代が移り変わっても決して色褪せることなく、現代の三輪技建の根幹となっています。見えない部分にこそ真心を込める。お客様との約束を必ず守る。そうした先代たちの教えが、今日も私たちの日々の仕事に息づいております。
七代にわたって受け継がれてきたこの精神は、単なる技術の伝承ではなく、人としての在り方、職人としての誇り、そして地域社会への責任という、かけがえのない価値観の継承でもあります。
家系図セクション|七代の系譜
江戸時代後期から明治を経て令和まで、三輪家は六代にわたり建築の技と心を紡いでまいりました。それぞれの時代に応じた技術革新を取り入れながらも、変わらぬ誠実さを貫いてきた歴史をご紹介いたします。
初代 万吉
手仕事と誠実さを礎に、三輪家のものづくりの原点を築く
四代目 儀助
昭和初期。 寺社修繕や伝統建築で信頼を獲得
二代目 利八
明治期 屋号「渋利」として
弊社創業の基礎を確立
五代目 勇
昭和中期。現代工法への対応と技術革新を推進
三代目 春吉
大正期。職人教育と地域密着の体制を確立
六代目 良造
昭和後期〜平成。工程管理と品質管理の体系化
七代目 竜也
平成〜令和。伝統と革新の融合による新時代の構築
歴代写真ギャラリー
貴重な史料と写真から見る三輪家の歩み
時代を超えて受け継がれてきた三輪家の歩みは、数々の貴重な写真に記録されています。これらの写真は単なる記録ではなく、それぞれの時代における職人の誇りと、地域社会との深い絆を物語る大切な史料です。

三輪技建旧社屋(当時は三輪塗装工業所)

地域祭礼の集合写真(昭和期)

東京都塗装工業組合墨田支部50周年記念式典
時代別ヒストリー
三輪技建の歩みは、一人の手仕事から始まり、七代・二百年にわたり受け継がれてきました。
時代ごとに技術や役割は変化しながらも、誠実さと丁寧な仕事という精神は、今も変わることなく息づいています。
ここでは、その時代ごとの歩みと、受け継がれてきた想いをご紹介します。
江戸後期〜明治(初代:万吉)
江戸後期、三輪家の事業の原点は、万吉という一人の人物から始まりました。
万吉は、当初から大工として家業を営んでいたわけではありません。病をきっかけに奉公先を離れ、一時は定まった生業を持たずに過ごしていた時期もありました。
しかし、日々出入りしていた植木職人・初五郎との出会いが、万吉の人生を大きく変えます。
植木仕事の傍らで行われていた渋塗りや大工仕事を手伝ううちに、万吉は次第に手仕事の面白さと奥深さに目覚めていきました。
やがて渋塗りを本業とし、一人前の職人として認められるようになります。
特別な環境や後ろ盾があったわけではありません。
「手を動かし、技を覚え、誠実に仕事と向き合う」
その積み重ねが、三輪家のものづくりの原点となりました。
この万吉の姿勢こそが、後に二百年続く三輪技建の精神的な出発点です。


明治〜明治後期(二代:利八)
明治の時代、万吉の意思と技を受け継ぎ、
三輪家の仕事を「家業」として確立したのが二代目・利八です。
利八は、手刻みを中心とした伝統的な建築技術を徹底的に磨き上げました。
鑿や鉋を使い、木材一本一本と向き合いながら、目に見える部分だけでなく、完成後には隠れてしまう土台や構造にこそ心を配る――
その姿勢は、当時から周囲の信頼を集めていました。
利八が特に大切にしていたのは、
「見えない部分こそ丁寧に仕上げること」。
それは建物の耐久性を高めるためだけではなく、
依頼主への誠実さそのものでもありました。
古文書にも、利八の正直な仕事ぶりや、信用を重んじる姿勢が記されています。
こうした価値観は、地域社会の中で高く評価され、三輪家の名は「確かな仕事をする家」として広く知られるようになっていきます。
万吉が切り拓いた道を、
利八は揺るぎない家業として定着させた――
ここに、三輪技建の礎が築かれました。
大正〜昭和前期
(三代:春吉/四代:儀助)
大正から昭和初期にかけて、三代目春吉、四代目儀助の時代には、職人教育と地域密着の体制が確立されました。この時期、三輪家は単なる建築業者から、地域の技術と文化を守る存在へと成長を遂げます。
特に四代目儀助は、寺社修繕や伝統的な家屋の補修を通じて、高度な技術と誠実な仕事ぶりで地域の信頼を獲得していきました。寺社建築は通常の住宅建築とは異なり、伝統的な様式や技法への深い理解が求められます。儀助はこうした難易度の高い仕事にも真摯に向き合い、一つひとつ丁寧に仕上げることで、職人としての名声を高めていきました。
残された多くの写真からは、儀助の品格と職人としての誇りが伝わってきます。きちんとした身なりで現場に立つ姿、弟子たちを指導する真剣な眼差し。そこには、技術だけでなく、人としての在り方まで後進に伝えようとする姿勢が表れています。
この時代に培われた「地域との絆」と「丁寧な仕事」という価値観は、今日の三輪技建の大切な財産となっています。


昭和後期〜平成
(五代:勇/六代:良造)
昭和後期から平成にかけて、日本の建築業界は大きな変革期を迎えました。五代目勇、六代目良造の時代には、伝統的な木造建築に加えて、RC造(鉄筋コンクリート造)や鉄骨造といった現代工法が主流となっていきます。
しかし、三輪家は決して伝統を捨てたわけではありません。先代から受け継いだ「丁寧さ」と「誠実さ」という精神を保ちながら、時代に応じた新しい技術を積極的に取り入れていきました。RC造や鉄骨造の施工には、木造とは異なる専門知識と技術が必要です。勇と良造は、自ら学び、職人たちを育て、新しい時代に対応できる体制を整えていきました。
また、この時期には工程管理や点検診断技術も大きく進化しました。品質を数値化し、客観的に評価する仕組みを導入することで、より確実で安心できる施工体制を構築。お客様のニーズも多様化する中、それぞれの要望に柔軟に対応できる組織づくりを進めました。
伝統と革新。一見相反するように見えるこの二つを、三輪家は見事に融合させることに成功したのです。
令和(七代:竜也)
令和の時代を迎え、七代目竜也のもと、三輪技建は新たなステージへと進んでいます。二百年にわたって受け継がれてきた技術と品質を守りながら、同時に現代に求められるブランド戦略を融合させることで、さらなる発展を目指しています。
200
創業からの歴史
二百年の伝統と信頼
